ガンジス河川下り

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    ガンジス河川下り
東京農大 探検部

 中国・インド・ネパールの国境ガルワール・ヒマラヤより流れを発し、高峰ヒマラヤの冷水を集め、神々の座を後にハルドワールよりヒンドゥスタン平原に流れ出る。平原をうるおしひたすら東へ向かって流れる。ヒンドウの民の生活、信仰の中心となり、人々は聖なる流れの中に一生を託す。生も死もそして来世も。やがてバングラデシュに入り、チベットの高地に源を発するブラマプートラ河と合流し、その全てを託された濁流は、ベンガル湾にそそぐ。

 1976年9月6日、東京の夜景を眼下に見て日本を離れる。まだ見ぬインドへ、下れるともはっきりしないガンジス河を目指して。計画の立て始めより航下許可がいるのかすらはっきりしないままに出発を迎えてしまったのである。

 9月7日、湿気を十分に含んだ熱い空気のカルカッタに降りる。初めて触れるインド、熱い空気は自分達を包んで放さない。
 初めて見るガンジス、全てを託された聖水・・?
ただ赤茶けた濁水がとうとうと流れている。熱い空気がだんだんと頭の中にしみ通っていく。

 観光局への挨拶などを済ませ、5日後、我々はベナレス経由でデリーへ向かい、川下りの為の舟と生活用品を購入し、トラックをチャターして、川下り出発予定地のハルドワールへ向かった。ここはヒンドウの聖地。毎日インド各地より集まってきた巡礼者で街は活気づいている。

 1976年10月15日ハルドワールを発った。
2,200km、これが何日かかるのか分からぬ旅が始まったのだ。「パールバーティー」と名付けた舟がこれからの生活の場である。
 昨日、出発予定地にころがっていた人の死体は、野良犬に食われハゲタカにつつかれたのか、頭蓋骨だけが川原の石にまじってころがっているだけである。ガンガで死んだ者は天国に近づけると云う。それで死体は川に捨てられるのか。その頭蓋骨が我々の唯一の見送りであった。

 川の流れに乗り、だんだんとインドの大平原の中へと舟は快調に進む。我々の生活は、昼と夜という単調な時間の中へと入っていく。
 下り始めて40kmまでは川幅はそれほど広くなく流れは速い。時おり浅瀬に舟がひっかかる。押したり引いたり・・唯一の重労働?である。途中この先のどこかで水が無くなってしまうのではないかと思ったりする。
 日暮れに適当な中洲にテントをはる。夕陽がガンガをオレンジ色にそめる。やがて一本のオレンジの柱になり、ガンガの水の向こうの空の境に落ちていく。これを見にここまで来たのでは・・と、そんな気さえ起こってくる。

 2日目より、川はいよいよ大河の気配を感じさせ、海のような河が続く。とうとうと流れ、蛇行する河は流れる。退屈な日々が続く。見えるものは、河と、空と、砂漠のような川原と、遠くに見える少しの緑。そして、流れる死体である。毎日多い時には5〜6体の死体が流れ、犬に食われハゲタカにつつかれている。ガンガの聖水は天国へと流れているのだろうか。我々も天国へ・・と、ふと、考えてみたりする。

 10月末、最初のTigriという小さな町に上陸すた。若干の食料を買いすぐに町を出る。舟の周りに多くの村人が集まって来て、舟の中の日本をシゲシゲと眺めている。まるで我々が別世界の人間であるかのごとく。

 11月6日、カンプール通過550km。
 10日後の11月16日アラハバード通過625km。
毎日の生活は、朝、日の出とともにシュラフ(寝袋)から這い出し、舟を漕ぎ、夕陽を見ながら川辺にテントを張り、360度さえぎるもののない天井の星を見ながら寝るといった、極めてシンプルな聖河川下りである。
 もうこの頃になると、インドの熱気は、我々の体のすみずみまでしみ込んでいる。顔は黒光りをしはじめ、異様に歯の白さが目立つようになってきた。風景はほとんど変化はなく、やたらと広く漠としている。時々現れる鳥や沿岸の人々が唯一のなぐさめである。

 11月末、この川下りで初めての雨にあう。
11月、インドではこの雨が降ると冬になるのだそうだ。この雨があって、はじめて麦が育つ。しかしその反面この雨で多くの人が死ぬ、冷たい雨だ。

 11月26日、ベナレス通過980km。
 さらに11日後の12月6日、パトナ通過1,275km。

 そして年末の12月26日、カルッカッタ地区に入る、2,025km。
1977年1月1日、77日ぶりに河の生活から脱して上陸し、街へ出て映画などを一日中見て過ごす。唯一の日本食であるインスタント味噌汁をのんで・・。

 1月7日、sagal島へ向かってカルカッタの港を、大きな貨物船やタンカーの間をぬって出発する。ここまで来るとヒマラヤの冷水も油に汚れ、工場の汚水が混じる。しかし、そんな中でも沐浴する人の姿がたくさん見える。
 河は海のような波が立ち、もう河というより海と言ったほうがよい風景を呈する。波間に漁師たちの舟が見え隠れし、はるか沖をタンカーが航行する。もう目の前にインド洋が広がる。

 1月13日、ガンガ・サガール島
この日はガンガ・サガール島の大祭典の日。海は舟で埋め尽くされ、水際では沐浴する人々で埋め尽くされる。サガールの水に沐浴し、太陽に向かって手を合わせる。
 この祭りはインドの各地より大勢の人々が集まってくる。この日はヒンドウ暦の正月にあたり、人々はガンガの最後の地のここで沐浴することを望んでいる。
 ガンガはここから先、永遠の大洋へと融合する。
我々の川下りもここで終止符を打つ。
ヒンドウーの最も神聖なる時と空間の中で・・